カガワの自転車
清ちゃんの
オーバーホール日記



第317回

清ちゃんのつぶやき(その260)世界一周 その2



 お客さんの希望を叶えるお手伝いをするのが我々の仕事である。ただ、今回の場合、先が長すぎる。これまで手持ちの自転車で九州一周したとか、普段の生活の中心が自転車だとかの話ではない。ある意味ゼロからのスタートに近い。それが引っかかっていた。快適に、楽しく自転車で走るためには、人それぞれに合った方法がある。走り方や機材の問題、それらをアドバイスしながら走行方法や技術を習得していってもらえればと思っている。



 とにかく、今回の場合、課題が多すぎる。確かに、世界一周をする事で得られるものも大きいと思う。我々の知らない土地のいろんな人の生活を知る事にも繋がっていくと思う。その後の人生の糧になったりもする。ただ、それを実行するためには周囲を理解させなければいけない。特に一番身近な親の理解がなければ難しいと考える。それがないと長期間に及ぶ旅は続けられない。それは放浪になってしまう可能性がある。何かで書いたけれども、「帰る所がある」というのが旅の基本だと考える。世界一周を果たし、帰国して、その間、待っていてくれた両親や友人の笑顔を見るのが最終ゴールなのである。



 人によって幸せというのは違う。所謂、エリートコースを辿り、官僚や大会社の社長になるのが幸せと感じる人がいる一方で、家もなく、その日暮らしをする人もいる。傍から見て不幸だと思えても、本人は幸せと感じている事も多いし、逆の場合も少なくない。この青年が他の多くの人とは違った人生を歩む方向を選択した事に対して、家族の了解を得られるかどうかが今回の課題であった。



 多くの場合、母親は冒険などと言うと反対する。女にはロマンがないと言うが、母親としては極、当たり前の感情である。お腹を痛めて生んだ子が危険な行為をしようとする、それを防いであげようというのは当然の事である。ある意味本能なのかもしれない。ちゃんと子供が大学を卒業し、希望の会社に就職し、幸せな結婚をして孫の顔を見る、それが多くの母親の場合の幸福なのだと思う。



 月末近くなり、注文していた自転車が届いた。組み立てた後、連絡をした。週明けに来るとの返事だった。先ずは九州圏内、そして日本国内を走ってもらいたい。それでも荷物を積んでの旅は自転車にとっては過酷である。キャリアネジなども一度外してグリスを塗布しておいた。数日後、予定より早いが今日行きたいと電話があった。夕方、一台のクルマが入ってきた。



 二人連れなので友人と一緒と思いきや、店に入って来られたのはお父さんである。何で?と思い尋ねたら、両親に話したとの事だった。さぞかし驚かれた事だろうと思い、お父さんと話をする。そして先の一番聞きたかった質問をしてみた。答えは意外や、お父さんがそのような人生を歩んできておられる。若き日に冒険を実行して、今は悔いはないという事だった。その言葉を聞いて本当に安心した。お母さんとも電話で話をさせてもらったが、自転車の色が悪いという話だった。色は黒、これまでに黒いバイクで事故を起こしているようで、塗替えができないかといった内容だった。色に言及しておられるが、本音は先に書いたような子供の冒険宣言に対しての抵抗だったと思う。



 いずれにしても、自転車という道具は入手されたわけである。実は青年に渡すメモを用意しておいた。世界一周を成すために必要な条件を思いつくままに書いておいた。走行技術の習得や機材に対する技術の習得、それに言語やら資金の事などである。本当に今回の夢を実行するためには、ある程度の年月が必要になってくる。どこまでのお手伝いができるのか分からないけれども、出発のその日まで何らかの形で見守っていきたいと考えている。



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