カガワの自転車
清ちゃんの
オーバーホール日記



第271回

清ちゃんのつぶやき(その220)豊後街道(今市−鶴崎)その1



 今年最後の連休、二日かけてゴールの大分市鶴崎まで行ってきた。今回も山道での押しや担ぎがあった。もう馴れてしまったのか、無理して自転車で走ろうとは思わずに、すぐに押しにかかってしまうようになってきた。それでも担ぎというのはやはり邪道だと思う。昔パスハンターを作っている知人にも「自転車は乗るものであって、担ぐものではない」と言い続けていた。この自論は今でも変わらない。でも担がねば先に進めない時だってある。その時は諦めるだけである。さて、いよいよラストスパート、今市からの続きである。


今市 石畳


遠くに大分港
 今市からは長い下りが続く。はるか遠くには目指す大分の海が見える。あとは下りだけ、それはちょっと甘かった。下る途中、途中に「肥後街道」の標識がある。やるな大分県!と思ったが、これには野津原商工会と記してある。そういえば今市の石畳も同保存会というのがあり、そこが設置していたようだ。県としてはあまり関与していないのかもしれない。この後、421号線を右に左に交差するように一間道は続いていく。遥かな昔、この道を行列が通っていたのだ、アップダウンを繰り返しながら進む。そうして途中、小さなゲートの所に案内表示、えっ、ここから?と思う所だった。


案内板


一間道
 先を見ると竹藪、道幅は人一人が通れる程である。幸い、近くに立ち話をしている二人のご婦人。肥後街道はここから?と聞くと、そうだとの事、ここを下れば矢貫という集落に着くと教えてもらった。更にここを通る人がいるのかと尋ねると、いるとの事、そうか、いるんだ…先月もどこかの大学生グループが通っていったとの話を聞いた。とりあえず、先に進むものの、竹藪、山道、自転車がお荷物になる。下りで担ぎである。


小さなゲート


竹藪道
 どこまで続くのか不安だったが、少し開けた所に出た。道は3つ、右は下れる。真中はちょっと違うような気がする。地形的に見ると左と思い進む。途中で少し変だと思い、自転車を置いて徒歩で行く。とてもじゃないが自転車を持ってはいけない。引き返して右の道を進む。案内板が下った所にあった(後から調べたらやはり旧街道は左の道だった。今は通れないらしい)。


矢貫の石橋


石畳道
 とにかく山道を下りて街道跡を捜す。案内板を見つけ矢貫の石橋を見つける。何も表示がないので危なく通り過ぎるところだった。さらに進むと石畳、またかよぉと思いながらも一人自転車を押して上る。途中、枯葉が積もり足首まで埋まる、そんな道を上りきると地蔵堂があった。実はここからが今回の失敗、お参りして上着を脱ぎ、少し休む。豊後街道の本を取り出して読むと、ここで行き止まりになると云う。右に行けそうな道はあるのだが、引き返す。


枯葉道
 実はこの後に道を間違えた。そのまま走って、気付いたのは長い下りを終えたところである。山一つ間違えてしまった。そのまま行けば由布市である。先ほどの所まで上って引き返すものいやだった。時間も予定以上にかかっている。ここでルートを変更し、先回りして鶴崎に向かうことにした。


船着き場跡
 初めて気付いたが、意外と大分は広い。合併のせいかもしれないが、鶴崎まで遠く感じた。ある程度、鶴崎の地理は頭の中に入っていたので、自分自身のゴールに決めていた船着場跡に向かう。公園になっていることは知っていた。辿りついたら気が抜けた。イメージしていた公園ではない。普通の住宅街の一角にあるような児童公園みたいなその隅に忘れられたように碑があるだけである。


同公園
 もっと昔風の東屋とか船着き場の遺構が残っているような公園を期待していた。もちろん海を見渡せるはずもない。後から少し走ってみたが、1キロ以上走っても埋め立ての工業地帯で、途中で引き返した。とにかく風情がないのにはがっかりした。もし、これから豊後街道を走って(歩いて)みようと思われる方がおられたら大分側からスタートすることをお勧めする。長い旅を終えたゴールに熊本城、その方が感動を味わえると思う。参考にした本やブログが史跡紹介といった変な終わり方をしている理由が分かった。



第272回へ続く...

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