カガワの自転車
清ちゃんの
オーバーホール日記



第132回

清ちゃんのコレクション(その30)東京ブレーキ



 ブレーキの残骸ということからシマノのAXまで話が転じてしまったが、今回は元に戻ってブレーキの続きである。残骸の中に写真のような東京ブレーキのサイドプルがあった。東京ブレーキといってもほとんどの人は聞いたこともないのではなかろうかと思う。ボルトナット類もなく、本体のみの残骸である。ただし、アルミ製ではある。スポーツ車のブレーキと言えば吉貝(ヨシガイ)のダイヤコンペまたはダイヤワイマンのブランドが有名であり、その他の国内メーカーを知っている人も少ないと思う。





 その頃、ヨシガイ以外では今回の東京ブレーキや吉川プレーキといったところがブレーキを生産していた。今回は見つからなかったが、東京ブレーキにはバンド締めの鉄製カンティブレーキもあった。まだまだフレームにダボ止めがしていなかった頃の話である。ブレーキのアウターもバンド止め、チェンジレバーだって直付けではなかった頃である。一般の普及スポーツ車では鉄製のサイドプル、それもあおり止め(分からないだろうなぁ)が付いていたのである。



 アルミリムが貴重だった頃、当然、鉄製のリムだったのだが、メッキをかけてある。雨の日には本当に効かなかった。ブレーキの効率なんて誰も考えていなかったに違いない。その頃にセンタープルブレーキを使ったが、サイドプルよりは効いた。最初に使っていたのはダイヤコンペである。次にマファックを使った。これはよく効いた。ただ、ブレーキレバーが大きすぎて自分には合わなかった。レバーだけはヨシガイを使っていた。後にマファックもサイドプルを出したりするが、センタープルの方が効くというのがマファックの方針だったかもしれない等と今になって考えている。



 最初のオーダーロードレーサーには小ぶりのユニバーサルのサイドプルブレーキを使った。これもレバーが大き過ぎてしばらくしてヨシガイに変えた。ユニバーサル、これがまあ効かない。オレンジ色のシューはリムを削るだけで止まりはしない。シューもヨシガイに交換して長い間使っていた。これを打破したのはカンパニョロである。とにかく高価だったことだけは覚えている。後に入手して見るとその分厚いアームの断面、ヨシガイのアルミ板プレスのレバーと違ってしっかりした感触のレバー、大きさもちょうど良かった。片効きしない構造の本体、安心してブレーキングができた。



 このブレーキのおかげで各社のブレーキが飛躍的に進歩した。ダイヤコンペからも次々に新商品が出てきたし、シマノも参加してきた。マファックもサイドプルを出してきたし、その他のメーカーもブレーキの改良が進んだ。こうして見てみると、カンパニョロがある意味の基礎を作ったとも言える。一般スポーツ車でも、今は本当に安心してブレーキングができるようになった。ところで、雨の日にリムからグレーの汁が流れ出ないシューが作られないものですかねぇ...。

第133回へ続く...

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