カガワの自転車
清ちゃんの
オーバーホール日記



第313回

清ちゃんのつぶやき(その256)三太郎峠 その2 佐敷太郎峠



 赤松太郎の次は佐敷太郎の順になる。田浦から3号線を南下していくとトンネルが見えそうになる手前に志水という集落がある。近くには、江戸、薩摩と書いた薩摩街道の表示もある。ここから左斜め上に曲がる道がある。この道、実は旧国道3号線なのである。少し行くと複雑な分岐点、上方左右からトンネル、その下に右と真っ直ぐに向かう道、昔からの小さな滝もある。左右のトンネルは新しく出来た広域農道、これは無視、滝の所に薩摩街道の表示があり、狭い道がある。行ってみたい、上ってみたいと云う誘惑(街道中毒?)に駆られるが、今日の目的は旧3号線だと自分に言い聞かせて反対方向へと眼をやる。


隧道内壁


佐敷隧道
 この道、所謂、“明治国道”と呼ばれる道であり、その名の通り、明治の時代に作られた。それまで薩摩街道と呼ばれた道では近代化のための大量輸送に支障をきたす。牛、馬、徒歩でなく、大型馬車や民間トラックそれに兵器の部品、大量の兵士を運ぶための軍事用トラック等が通れる道が必要になってきたのである。当初は海側に建設する予定だったらしいが、海からの砲撃を受けた場合、どうしようもない(明治の時代の戦争は航空機ではなく、軍艦が主力だった)。そこで山側に道を作ったらしい。ちなみに旧鹿児島本線も海側ではなく、人吉から吉松に抜けていた(現肥薩線)。


旧3号線


旧3号線
 滝の所に散歩中の老人が一人、確認のため、声をかける。明治国道はあっち、こちらは薩摩街道でウォークラリーなどもあるとの事である。いろいろと話を聞くが、方言があって聞き取りにくい。地名一つそうで、佐敷(さしき)は「さしっ」と云った具合である。そう言えば八代の人は「やつしろ」ではなく、「やっちろ」と言う。薩摩街道は自転車じゃ無理だよとも言われた。本来の佐敷太郎峠は薩摩街道にあるが、その先はかなり荒れているらしいという話も聞いた。


滝横にある道路標示


薩摩街道標識
 ともかく、旧国道を上る。勾配は緩やか、当然だろう、明治や大正、昭和前半の時代の道である。自動車だって性能はよくなかった。急勾配では上っていかない。途中、首のないお地蔵さんにどきっとするも順調に上っていく。水飲み場もある。遠くの天草の島々がきれいである。そうして頂上付近に来ると、見えた!


小さな滝


佐敷隧道
 昔のトンネルである。明治の時代、ドイツ人技師を招いての建造である。レンガ造りの隧道(トンネルではなく隧道と呼ぶ方がふさわしい)で今でもきちんとしている。丁重な仕事である。内側の壁部分も煉瓦である。入口のアーチのエッジも美しい。側面から上っていくと入口上部に土砂や雨が流れ込まない工夫がされていて今も機能している。もちろん内部は照明などない、でも向こう側の出口が見えているので安心感はある。皆さんも経験があるだろうが、真っ暗なトンネルを通っていると平衡感覚が狂ってくる。自分では真っ直ぐに走っているようだが、蛇行していたりする。出口でも目標があればそれは回避できる。


佐敷隧道
 実はこの佐敷隧道、「出る」という話である。何かの時に熊本のミステリースポットの欄を見ていたら載っていた。振り返らないようにしてライトを点けて走る。途中の水の音が妙に不気味だった。ものの1分位だろうが出た時には何かほっとした。出口付近にある徳富蘆花の碑を読んでから一気に佐敷の町へと下った。過去の栄華が路地や街並みに残っている。3号線に出て最終目標の津奈木太郎峠へと向かう。



第314回へ続く...

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