カガワの自転車
清ちゃんの
オーバーホール日記



第240回

清ちゃんのつぶやき(その191)矢岳越え



 全国各地に矢岳という地名は数多く存在する。地名からも判る通り、険しい山がある所にある。矢のような山(岳)があり、渓谷も当然ある。今回は熊本県と宮崎県を結ぶルートの一つである矢岳越えである。出発点は人吉、矢岳越えは肥薩線に沿っている。先ずは大畑駅に向かう。大畑駅は“おこば”と読む。JRの難解読駅のベスト3に入る。ループ橋で有名な221号線から行くルートもあるが、同線はトラックが多いので大口に向かう道からのルートから走った。



 大畑駅は人里離れた所にある。春に賑わう人吉梅林の側である。もちろん民家などほとんどない。近い集落まで歩くと1時間もかかる。なぜこんな所に駅かというと、給水のためとスイッチバックのためである。明治の時代、山岳コースの地域に線路を敷くというのはかなりの難工事であったと聞く。当時の蒸気機関車はストレートでは登ることができない。そこでスイッチバックで徐々に高度を稼ぐ方法がとられた。もちろん石炭や水の補給も必要である。山の中にぽつんとあるのはそのためである。昭和初期まではこれが鹿児島本線だった。






 木造の昔の駅舎である。中には訪れた人の名刺が貼られていたり、ノートへのコメントが綴られている。肥薩線にはこのような昔の駅舎が多く、郷愁を誘う。今でも給水塔はその形を留めているしホームでも水が出ている。乗客が蒸気機関車の噴煙で汚れた顔を洗っている姿を想像できる。駅のコメントの中には終戦後、戦地から引き揚げて来る時、ここの水で癒されたというのもあった。時間が止まったような錯覚に陥り、のんびりし過ぎたので次の矢岳駅に向かう。矢岳の方は矢岳高原というくらいで高原地帯である。道は狭いところもあるが舗装されていて快適に走ることができる。両脇の木々も高原の木々に変わってくる。新緑の匂いが清々しい。






 高原では茶畑があり、茶摘みの最中だった。矢岳駅に着くとSLが展示してある。ここも木造駅舎、高原駅の風情が漂う。一組の家族が外でランチをとっていた。のどかな風景があった。ここでSLの写真を撮っていると霧のような雨が降ってきた。雲の流れも何か妙である。また、もう一度、じっくり来ようと思ってウインドブレーカーを着て走り始める。高原を越えるとJR三大車窓風景に選ばれた景色が見えてくる。眼下には宮崎県えびの市、向こうには霧島連山、肥薩線では途中、列車を止めて眺める時間があるそうだ。眺めているとよく自転車でこんな所まで登ってきたものだと感心する。下には九州自動車道、対面にはループ橋が見える。一端下って、また登らねばならないと思うと少し憂鬱になってくるものの、下りは快適そのものである。






 下りきった所に吉田温泉という鄙びた温泉がある。100円くらいで勝手に箱にお金を入れて入浴できる。今日は小雨模様のためパスした。ここは今でこそ鄙びているが、かつては西郷隆盛も入浴した所である。湯治宿も残っている。えびのには京町温泉街があるが、ここも今は寂れている。少し走るとさっきの雨は何?というくらいに晴れだした。麦秋を迎えた田園風景の中を走る。次回は帰りのルートのお話です。



第241回へ続く...

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